ホームページ宣伝用に使ってください。
「はまナビ」のドメイン下に宣伝用に利用可能なサイトを作ってみました。
「はままつねっと」。
かなり安易な良いかげんなネーミングだけど
考えるのが面倒だからこれでいきます。
ホームページを作ったので宣伝したい、ホームページが無いけど宣伝したい。
自由に利用してください。
「はまナビ」のドメイン下に宣伝用に利用可能なサイトを作ってみました。
かなり安易な良いかげんなネーミングだけど
考えるのが面倒だからこれでいきます。
ホームページを作ったので宣伝したい、ホームページが無いけど宣伝したい。
自由に利用してください。
西区役所の西にあります。結構大きな公園で中央に大きな船があるのが特徴ですね。
駐車場もゆったりと100台くらいのスペース。
雄踏街道から南に入った新川沿いで普段の生活ではあまり目につくような場所じゃありません。
かつて広報で紹介されたような気はしますが。

駐車場からの全貌。やはり大きな船が目立ちます。

この船からすべり台がつながっています。

前方にカインズホームと西区役所が見えます。広い芝生広場
弁天島の南にある瀬を正式には「錨瀬」と呼ぶらしいが、舞阪生まれの自分は子供のころから
単純に「瀬」と呼んでいました。
夏になるとその「瀬」は子供たちの遊びのフィールドでした。
舞阪港近くから泳いで仲間と一緒に瀬に渡る。
瀬で遊んでから弁天島方面か港の方に泳いで帰っていく。
そんな遊びを毎日していました。
その当時の瀬は真っ白い砂浜で、ただただ白い砂浜しか無かった様な気がします。
浜名湖バイパスを通る時、「瀬」にはなにやら植物が植わっているように見えます。
何の植物だろう?
白い砂浜のはずだったのに今はどうなってるんだろう?
そんな思いが数年続いて、今回やっと「瀬」に渡ることができました。
「瀬」に渡るには潮干狩りの渡船を利用するのが手っ取り早い。
まずは漁師さんに頼んで弁天島観光協会の前から船に乗り、正面の「鳥居の前」で降ろしてもらいました。
本来はもっと西側の船着き場なのですが、親切ですよ舞阪の人は。助かりました。

ここから船に乗りました。この日はあわてて乗ったので写真を撮るのを忘れました。以前撮った写真です。

鳥居の前の船着き場に着きましたよ。正面が弁天島。船が戻っていきます。

少し歩けば赤い鳥居。そばで見るとデカイ。
で気になっていた植物を見にいきました。
北の方に行ってみました。導流堤の近くまで。

導流堤。ちょっと掘ってみたら「アサリ」はしっかりといました。

舞阪の浜と同じような植物群です。

「瀬」というより「島」に近いかな。
結局「瀬」に生えていた植物は夾竹桃やニセアカシヤなどの植物。
適度に植物があり、人があまり入ってこなくて小魚が豊富。
撮影してる時にはたくさんの鳥をみかけましたが
鳥にとっての楽園なんだと実感しました。
かつてはサザンやB’zなどビッグなアーチストを迎えて5万人のコンサートが行われた場所です。
キャンプ場や野球場、テニスコートなどがあり、広大な芝生広場にてキャンプなどアウトドアが楽しめます。

駐車場から西へ行くとキャンプ場です。

松林の中でバーベキュー。ここから左が海です。

この日は団体さんがあったようで大賑わいです。

波打ち際で遊ぶ子供たち。

写真からは分かりにくけど、沖でとれたアサリをのぞきこむ人たち。


沖の方まで浅くなってるのがわかります。


渚園の北側です。

大キャンプ場が見渡せます。

渚園の敷地内には野球場ソフトボール場、テニスコートがあります。良いグランドです。

この橋を渡ってガーデンパークや舘山寺方面へ。
浮見堂にかかる橋から下を見たらサヨリがいました。
今年生まれたエンピツクラスと親サヨリが泳いでいます。
写真を見るとまるで虫みたいだな。

サヨリ。すじみたいに見えるのがそうだよ。
弁天島は7つの島があり、それぞれが橋で結ばれている。
そして島と島の間は水路になるが潮が南北に流れるので南北は航路。
東西に船が係留されている。
その風景はマリーナみたいで良い感じです。
浮見堂から少し歩いた橋の上。
誰かが橋の上から投網をしたんだろう。その残骸が。小さなフグとウニが一匹づつ。ウニがいるんだ。

ウニがいるとは知らなかった。
2010年7月31日撮影です。
写真から見えるように駐車場から海はすぐそばです。

海水浴客がちらほら。

弁天島のマンション

コンパクトな海水浴場です。

潮干狩りの人のための船着き場。
三岳山の三岳神社に車を止めて頂上まで登ってみました。
と、いきなり看板が。三岳城址を親切に紹介してくれています。
要約するとこんな記事です。
井伊氏の築いた諸城の内の本城です。南北朝時代、後醍醐天皇の皇子宗良親王が入城したことにより南朝勢力における遠江の拠点とされた・・・・が足利尊氏勢の大軍に攻められ大平城も攻め落とされ南朝の拠点が失われた。
この城は、山頂から尾根に沿って細長く築かれ、一の城、二の城、三の城と分かれ深い谷や急な斜面など峻嶮な自然な地形を巧みに利用し、中世城郭の典型的な形態を有している。(ほとんど看板の抜粋です)

これから登るのは一の城です。
これくらいの道なら楽勝! って思ってました。

途中から道の状態が変わりました。細く急こう配です。
何かにつかまったりして登った方が安全か?

頂上につきました。少し広くなっています。やはり素晴らしい景色です。
登ってみると所要時間は20分くらいでした。


夏に砂丘の上を歩く。そりゃ暑いし熱い。
はだしで歩いたら火傷をするよ。
さて砂丘の入り口から南を見ると小高い砂丘が見えます。

見るから暑そう

小高い山ですが登ってみると意外と大変。

もう少しだ。この丘を越えたら海が見える。

海を見ながら一休み。